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福井地方裁判所 昭和56年(ワ)137号 判決 1985年4月26日

原告

吉田つよ子

原告

吉田浩樹

原告

吉田新吾

右吉田新吾は未成年につき法定代理人親権者母

吉田つよ子

原告ら訴訟代理人

藤井健夫

被告

椛山建材株式会社

右代表者

椛山義洋

右訴訟代理人

吉田耕三

黒田外来彦

北川恒久

主文

一  被告は、原告吉田つよ子に対し、金三〇〇万円、同吉田浩樹及び同吉田新吾に対し各金八二八万五七三七円及び右各金員に対する昭和五六年六月三〇日以降支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その二を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事   実≪省略≫

理由

一請求原因1ないし3の事実及び同4の事実中本件事故により新治が死亡した事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、本件事故の態様につき判断する。

<証拠>を総合すると、以下の各事実が認められる。

1  本件工事は、既存の小河川である後川の護岸工事であり、約三〇〇メートルにわたつてコンクリートを打込み、後川を深さ約一・四メートル、上部の川幅が約一・八メートル、底部の幅が約一・〇五メートル程度のコンクリート水路状にするものであつた。

本件事故当時、本件工事はほぼ完成の段階に至つており、本件事故現場も右のとおりにコンクリートが打込み済みの場所である。

なお、当時、右現場の底部には、約八センチメートルの深さの水が溜つていた。

2  本件作業は、本件工事のコンクリート打込みのために使用した型枠のメタルフォームをとりはずし、これを移動させるものである。右メタルフォームは、小型のメタルフォーム二五枚を鋼管バターとC鋼とによつて接続させて長さ九メートル、高さ一・四五メートル、厚さ二一センチメートル、重さ七五〇キログラムの大型メタルフォームとしたものであり、人力による移動は不可能であつた。

そこで、被告はドラグショベルを使用して右メタルフォームを吊り上げ移動することとした。

3  本件作業に使用したドラグショベルは、油谷重工株式会社製のユタニ・ボクレンTC六〇〇という機種の掘削機であり、そのバケットの裏側には、当初から小さなフックが取付けられていたが、被告は、これにかえて独自に直径(外周)約一九センチメートルの大きなフックを取付けていた。右のフック自体の強度は不明である。

本件のメタルフォームには、両端からそれぞれ二・三三メートルの位置にフックが取付けられていた。そして、これを右ドラグショベルで吊り上げるために、長さ約三メートルの台付ワイヤー二本を使用して、バケットのフックとメタルフォームの二つのフックとを図(2)<図面は省略>のように結ぶ方法がとられた。

ところで、労働基準監督署は、普段から重量物の吊り上げにドラグショベルを使用するのは危険であるからこれを避けてクレーンを使用するよう指導し、本件事故に至るまでに被告もこのような指導を受けていた。また、被告代表者自身も、ドラグショベルを使用した吊り上げ作業中に、吊り上げ物がフックからはずれる経験を有していた。しかし、本件事故のような重大な結果が生じたことはなかつたし、クレーンの使用には費用がかかることもあり、前記のとおり、バケットのフックを大きくしてドラグショベルを荷物の吊り上げにも利用していた。

4  本件事故当日の本件作業は、善一がドラグショベルを運転し、新治と西義輝の二名がそれぞれ一本ずつの台付ワイヤーの玉掛作業を分担してなされており、右三名のほかに本件作業に従事する者はなかつた。

なお、新治と西は、いずれも玉掛技能講習を修了した者ではなかつた。

本件事故時に行なわれた作業は、図(3)に示すとおり、同図の①の位置に設置されていたメタルフォームを取りはずし、これを吊り上げて、同図②の方向に移動させようとするものであり、新治と西は水路内で、また善一は同図に示すドラグショベルの位置でこれを運転し、それぞれ右作業に従事していた。

右のドラグショベルは、水路の端から三メートル程度離れ、かつ右水路の最上部からさらに約一・三メートル程度高地となつた場所に置かれていた。しかし、善一の位置からは、新治らの位置は確認できるものの、水路の底面は、まつたく見ることができなかつた。また、バケットの裏側のフックの状態も見通すことができなかつた。

右作業については、三名の間で一応の役割分担がなされ、新治の合図でメタルフォームの吊り上げ等がなされることとされていたが、移動先の確認や移動中、着地時の新治らの位置などを含め具体的な作業手順の打合せはなされていなかつた。

5  新治と西は、水路内で図(3)の①に位置するメタルフォームに受持ちの玉掛作業を済ませ、新治が善一に合図し、善一がドラグショベルを運転して当該メタルフォームを約一・五メートル吊り上げて水路内から出し、これを②の方向へ移動させた。

新治は、右移動とともに水路内を②の方向へ移動し、西は、水路から出て他の作業についた。このため、当該メタルフォームの移動が終了した後にワイヤーをはずす作業は、新治が一人でなすべきこととなつた。

吊り上げて②付近に移動されたメタルフォームは、当初、水路の中央よりやや南側にいつたん着地したが、これをコンクリート壁に立てかける必要があるため、再度吊り上げられた。善一は、水路内の底面が見通せないこともあつて、メタルフォームの着地位置を決定するために、二、三回これを上下させ、新治の合図を求めていたところ、メタルフォームを下げたときに着地によつてワイヤーがゆるみ、二本のワイヤーのうち、東(下流)側のワイヤーがバケットのフックからはずれてしまつた。しかし、善一の位置からは前記のとおりバケットのフック部分も見通せないために、右の上下運動をさせたところ、メタルフォームが西(上流)側において片吊りの状態となり、バランスを失つた。

善一は、これを見て、あわててメタルフォームを下げたところ、折からメタルフォームの南側のほぼ中央付近にいた新治に右メタルフォームが倒れかかり、新治はメタルフォームと南側のコンクリート壁との間にはさまれて身体を圧迫された。

善一は、急いでドラグショベルを降り、新治を救出しようとしたが、七五〇キログラムのメタルフォームは、まつたく動かなかつた。そこへ、西がかけつけ、はずれたワイヤーをバケットのフックにかけるとともに、善一に対し、ドラグショベルでメタルフォームを吊り上げるよう指示し、善一がこれに従つてメタルフォームを吊り上げて新治を救出し、病院に運んだが、新治は同日中に死亡した。

以上の事実が認められ、<証拠判断略>、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

三ところで、雇用契約において使用者が果すべき契約上の義務を本件にそくして具体的に考察すると、前記認定事実によれば、本件事故は、本来重量物吊り上げ用機械でないドラグショベルを用いて七五〇キログラムの重量物を吊り上げ移動する作業をしたこと、移動先を狭い水路内とし、しかもその底部には水が溜まつていたのに事前に着地場所の確認もしなかつたこと、移動作業の手順について綿密な打合せがなされたことはなく、玉掛作業も講習未修了者に担当させ、また本件作業全体を監督指揮できる者を置かなかつたこと等が競合して生じたものと認めるのが相当であり、したがつて、作業を誤れば重大な事故となることは容易に想定しうべきものであるから、被告としては、事故の発生を防止するために、吊り上げ作業に適したクレーンを使用すべきであり、あえて掘削用機械のドラグショベルを使用する以上は、クレーンを使用する場合以上に細かい注意をはらつて作業をすべきことは当然である。そして、本件においては、移動先の位置、安定性の確認、具体的な作業手順等の打合せをなし、玉掛自体にも遺漏のないように技能講習の修了者をあて、吊り上げ作業中は狭い水路内から作業員を出し、あえて右水路内に作業員を置くときは、メタルフォームが倒れることがないよう養生するなどし、作業全体を監督指揮できる者を置いて、この者の指示により事故が生じないよう万全を尽くすべき義務があつたものというべきところ、被告はこれらの義務を怠り本件事故を生じさせたのであるから、本件事故により生じた損害の賠償義務を負うものというべきである。

なお、被告は、本件作業にドラグショベルを使用しても、労働者に危険を及ぼすおそれがないから、労働安全衛生規則一六四条但書によつて使用が許される場合であり、この点に義務違反はない旨主張するが、前記認定事実に照らせば、本件作業にドラグショベルを使用するのは、労働者に危険を及ぼすおそれのあることが明らかであり、<証拠>によれば、本件の場合、被告の根拠とする本件通達の要件も満たしていないことが明らかであるから、被告の右主張は採用できない。

四被告は、本件事故発生については新治にも過失があり、損害額の算定にあたりこれをしんしやくすべき旨主張する。

そこで、この点につき検討するに、前記認定の本件事故の状況に鑑みると、新治は、本件作業の危険性について十分認識することができたものと認められ、また、自らの判断で安全な位置まで退き、危険を回避することが困難であつたとも認められない。

そして、狭い水路の中で、確実に着地が完了していないメタルフォームに新治が不用意に近づいたことが、本件事故により重大な結果を生じさせた一因であることは、否定できないものというべきである。

そうすると、本件事故については新治にも過失があつたものというべく、後記損害額のうち逸失利益の算定にあたり、新治の右過失を四割しんしやくするのが相当である。

五そこで、本件事故により新治に生じた損害及び原告らが被告に請求しうる額について検討することとする。

1  逸失利益について

(一)  新治は、本件事故により死亡した当時、被告から年間金二二五万六三五〇円の給与を支給されていたことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、さらに、新治は機業により死亡当時年間金二〇四万九二一七円の収入があつた旨主張し、これも全額逸失利益算出の基礎とすべき旨主張する。

そして、<証拠>によれば、新治は、昭和五四年分の営業所得として右金額を基礎に納税申告をしていることが認められる。

しかしながら、松岡町役場に対する調査嘱託の結果によれば、新治の営業所得として、昭和五二年分は、金八五万五三三二円、昭和五三年分は、金七一万九二六四円(いずれも、青色申告控除の金一〇万円を控除後の金額と認められる。)が申告されていることが認められ、原告らが主張する昭和五四年分の金額との間には相当の差異があるから、他に右各年分以外の所得金額につき的確な資料のない本件においては、機業による同人の所得は、右三年間の収入(青色申告控除前の額)を平均した額によるのが相当である。

そこで、これを算出すると、金一二七万四六〇四円(一円未満切捨。以下同じ。)となる。

ところで、被告は、機業収入に対する新治の寄与分はわずかであり、これを全額逸失利益の基礎とすることはできない旨主張するので、この点につき判断する。

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 新治は、同人の妻である原告吉田つよ子の実家が機業を営んでいたことから、右つよ子とともに機業を営むようになつた。

(2) 新治は、被告における仕事をするかたわら、あいた時間を利用して、決まつた取引先からの受注、商品の運搬、約三か月ごとの工賃の交渉などに従事し、また織機の小修繕をしたこともあつた。

(3) しかし、実際の機業の仕事は、原告吉田つよ子が一四台の機械を使用して一日中これに従事することによつてなされており、新治が手伝うこともあつたものの、ほとんど右つよ子一人の手でなされていた。

(4) 右機業は、新治が死亡後も昭和五六年五、六月まで続けられたが、その後中断している。

右の各事実によれば、原告の主張する機業は、新治の事業として納税の申告がなされてはいるものの、その実質は、原告吉田つよ子の事業を新治が手伝う程度のものであつたと認めるのが相当である。

右によれば、営業所得中、新治の寄与によつて生じた分は、前記平均所得額金一二七万四六〇四円がすでに原告吉田つよ子を事業専従者としてその給与を控除した後の金額であることを考慮してもなお、その六割とみるのが相当である。

そうすると、機業収入に対する新治の寄与分は、金七六万四七六二円となる。

(三)  以上によれば、新治の逸失利益を算出する基礎とすべき金額は、被告から受けていた給与金二二五万六三五〇円と機業収入に対する寄与分の金七六万四七六二円との合計金三〇二万一一一二円となる。

また、死亡時に新治が四五歳であつたことは当事者間に争いがない。

そして、右収入から新治の生活費として四割(月額約金一〇万〇七〇三円)を控除するのが相当であり、また新治の稼働可能期間は二二年間であるから、右により新治の逸失利益の現価をホフマン計算(係数は一四・五八〇)で中間利息を控除して算出すると、金二六四二万八六八七円となる。そして、この金額について前記過失相殺をなして、金一五八五万七二一二円に減額する。

2  慰謝料について

新治は、本件事故により精神的苦痛をこうむつたものと認められるところ、同人は一家の支柱であつて、いまだ成年に達しない子もいること、その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、右精神的苦痛を慰謝するためには、金七五〇万円をもつて相当であると認める。

3  原告らの相続分について

原告らが新治の相続人であつて、新治の有する権利義務を各三分の一の割合で相続したことは当事者間に争いがない。

そうすると、本件事故による新治の被告に対する損害賠償請求権は右の割合で原告らに相続されたものであり、その額は、原告一名につき、前記逸失利益の三分の一である金五二八万五七三七円と前記慰謝料の三分の一である金二五〇万円との合計額金七七八万五七三七円となる。

4  労災給付等による損害の填補について

原告吉田つよ子が、遺族特別給付金及び葬祭料として金二四〇万七七〇〇円を、年金として合計金五六八万一九七三円を、それぞれ労災給付としてすでに受領していることは当事者間に争いがない。

ところで、労働者災害補償保険法に基づく保険給付は、使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行なうものであつて、受給権者に対する損害の填補の性質をも有するから、受給権者に右給付がなされたときは、労働基準法八四条二項の規定の類推適用により、使用者は、同一の事由については右給付額の限度において民法上の損害賠償責任を免れるものと解される。もつとも、右給付は精神上の損害填補の目的を含むものではないから、使用者は、右給付のなされたことにより慰謝料の賠償義務を免れることはできないものというべきである。

そこで、これを本件につきみると、労災給付を受給した原告吉田つよ子の有する損害賠償請求権のうち慰謝料請求権を除いた財産上の損害分は、金五二八万五七三七円であるところ、すでに、右損害の填補の性質を有すること明らかな年金給付のみをもつても右金額をこえる金五六八万一九七三円を受給しているのであるから、原告吉田つよ子の有する損害賠償請求権中、財産上の損害分はすでに全部填補されたものと認めるのが相当である。

そうすると、原告吉田つよ子が被告に対して有する請求権は、右を控除した後の慰謝料請求権金二五〇万円に限られるというべきである。

なお、被告は、右のほかに被告が原告らに支払つた合計金二四二万三二七〇円も損害の填補とみるべき旨主張する。

しかしながら、被告代表者本人尋問の結果によれば、右金員は、葬儀費用、香典、病院の診断書作成の費用等の合計額であると認められるところ、原告らが本訴において葬儀費用の請求をしていないことは明らかであり、また、その他の費用も原告らの請求に対する弁済に充当されたとみるのは相当でない費用であるというべきである。

そうすると、被告の主張する右費用は、本件において考慮することはできないから、被告の右主張は採用できない。

5  弁護士費用について

原告らが本件訴訟の提起を弁護士に依頼したことは、当裁判所に顕著であるところ、本件事故の内容、本件訴訟の経緯及び被告の対応、認容金額等に照らすと、本件債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用は、金一五〇万円と認めるのが相当であるから、原告一名につき金五〇万円となる。

6  まとめ

以上によれば、原告吉田つよ子が被告に請求しうる金額は、新治から相続した慰謝料及び弁護士費用の合計金三〇〇万円となる。

また、原告吉田浩樹、同吉田新吾がそれぞれ請求しうるのは、新治から相続した逸失利益、慰謝料及び弁護士費用の合計金八二八万五七三七円となる。

六以上の認定判断によれば、原告らの請求は、原告吉田つよ子において金三〇〇万円、原告吉田浩樹及び同吉田新吾において各金八二八万五七三七円及びそれぞれ右各金員に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明白な昭和五六年六月三〇日以降右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(高橋爽一郎 園部秀穂 石井忠雄)

図面<省略>

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